テオ・アンゲロプロスにはめずらしい、気持ちを揺さぶる作品だ。ラスト近く、二人がバスに乗り込み、おりるまでの時間は人生の縮図のようで、夢の空間だった。何故だか涙が溢れて止まらなかった。
遠くへの声、遠くからの声、そしてこの場所おすすめ度
★★★★★
新しい言葉を求めていた詩人、アレクサンドレは、老境を迎えたとき、自らの詩作を捨て、19世紀の詩人、ソロモスの研究に没頭する。ソロモスはイタリア生れだが、母国ギリシアの独立運動の高まりに刺激され、革命詩人となる事を志す。母国語に堪能ではなかったソロモスは人々から、自分の知らない言葉を買っていた。
そんな前世紀の詩人に、なぜアレクサンドレが執着するのか。自らの内から見出した言葉が、人々の生活と疎遠な言葉になっていく事への寂寥感からか。或いは、母国語で書き続ける限り、言葉との全く新しい出会いを体験する事は出来ないという、限界を感じての事なのか。
妻も、娘も離れていき、おそらくは詩人としての行き詰まりも感じて、旅に出る事にしたアレクサンドレは、旅立つ前日に、難民の少年に出会う。何処にでも行けるが、何処に行こうと新しい世界など見つけられそうにない老人、アレクサンドレ。大人たちから追われつつも、まだ、海の向こうに新しい世界を夢見る事の出来る、少年。「居場所が無い」という点では共通しているこの二人が、人生の始まりと終末、国境の内側と外側、などといった主題を、影と光のように浮かび上がらせる。
劇中の、老詩人と少年がバスに揺られる、時間が凍りついたかのような場面の美しさは、尋常ではない。呼吸が静止したような永遠の感覚と、音楽と詩によって脈打つ時間。そして、それを共有する老詩人と少年。この完璧さは殆ど奇蹟。
言葉を求めて彷徨する詩人と、彼の名を遠くから呼ぶ、彼を愛する女の声。自分の言葉で世界に呼びかけようとした男が、自分を呼ぶ声に背を向け続けていたという、この、あまりにも痛切な距離が胸に染みる。
記憶と人生を描いた不滅の傑作おすすめ度
★★★★★
映画館で見ると必ず一度は眠りに陥るのが、アンゲロプロス作品。そんなことは自分だけなのかもしれないが、それでも最高の映画監督だという思いは強い。
04年アテネ五輪を記念して、かどうかはしらないが、テオの主要作品をほぼ全て鑑賞できるボックスが登場したことは、近年記憶にない快哉事であった。『永遠と一日』。人間が記憶を持ち、言語を持つという根源的な意味合いと、人生は動物としての有限性を生物学的に担わされているということの狭間。ブルーノ・ガンツ演ずる主人公とクルド人難民の少年が、バスに乗り込んだときに展開してゆく映像こそ、その狭間の
全き表現でなくて何であろう。画面を何度か横切り、ラストシーンでも強烈な印象を残してやまない黄色のレインコートを着た男たち。あの黄色は何を意味するのか?
沈黙と闇おすすめ度
★★★★★
世界は本当に闇に包まれているのだなと思う。沈黙と闇。冬の厳しい寒さと閉塞感。それでも人間は生きていかなければならない。
永遠に海辺で、青空で、夏であればいいと思う。永遠のよそ者。生を感じるのはほんのひと時だけ。主人公にとっての唯一の希望は妻と過ごした夏の海辺の時間。過去の光と闇の対比が素晴らしい。人間が死ぬ直前に行き着く場所と記憶はあの夏の日。
真夜中に目を閉じて、そして闇が広がり、頭の中で過去のイメージが壮大に広がる。過去と対峙する夜。自分は夜に広がる過去の記憶をいつまでも持ち続けたいと思う。
傑作です
おすすめ度 ★★★★★
アンゲロプロスにしては極めて分かり易い物語が展開されています。
そぼ降る冷たい雨、漆黒に浮かぶ仄かに流れゆく 船の篝火 ,人の生と死が揺らめく・・・。
こんなにも真摯で心震える映像に出会えたことに感謝します。
映画としての完成度では他に一歩譲るかもしれませんが、すばらしい作品です。
ひとりでも多くの心ある方に見ていただきたいと思います。